STRAIGHT AFTER A BATH - 湯上がり編 -


第一話
第二話
第三話
第四話
第五話
第六話



続きものの第七話、完結編です。



オヤッサンは昔から同じ場所に住んでいるようで、地元の歴史に非常に詳しかった。
そんなオヤッサンから俺にとって、非常に衝撃的な話を聞くことができた。
今になって筆記用具を持っていなかったのが悔やまれる。
自分が会話のネタフリとして「行川アイランドが閉園しちゃいましたね・・・」という言葉を
キッカケに驚愕の事実が浮かび上がる。
非常にローカルな話題であるが、とにかく、オヤッサンから聞いた話を憶えている限り、ここに記す。



第二次大戦中、房総半島のある場所に爆薬を製造する工場が存在した。
そこでは大量の爆薬が精製され、軍事目的として利用されていた。
ご存知の通り、日本は大戦に敗れるのだが、その爆薬工場は創業をつづけた。
戦争を終え、兵器向けの爆薬は必要とされなかったが、爆薬の平和的利用。坑道の開拓や工事現場での岩盤の破壊
などのインフラ整備。戦後の復興のために爆薬の需要があったからだ。


こうして、目的を変えた爆薬工場は創業を続けていくのだが、ある日、爆薬工場を悪夢が襲う。
作業中の事故により、爆薬が工場の敷地内で大爆発してしまうのだ。
この事故では多数の死傷者がでているそうだ。
工場からはキノコ雲が上り、近隣住民は再度戦争が起ったものと勘違いし、震え上がった。
更に、程なくして爆薬工場から爆薬を輸送中にも爆薬が爆発し、大惨事を招いた。
当時、道路はろくに整備されておらず、激しい揺れを伴う陸上輸送が爆発の原因だったという。


相次ぐ不祥事を起こした爆薬工場は、工場に爆薬を残したまま、その危険性から廃業へと向かう。
工場に置き去りにされた爆薬。
その危険性を危惧し、地元の人々はトンネルを掘り、人気のない場所へ爆薬を移動した。
海と山に囲まれ、人気の無い土地へ・・・
そこで爆薬は永久に眠りにつくはずだった。



それからしばらくの歳月が過ぎる。
ヨーロッパで最新の文化を学び、日本に帰国した人物がいた。(非常に残念ながら名前は失念)
そして、その人物は先の爆薬が安置される土地に目をつけ、その土地にヨーロッパから学んだ文化を活かした
画期的なテーマパークの設立を提唱する。


その土地に眠る爆薬は、地元の漁師によって全て房総沖の海中に投棄された。
そして、爆薬の無くなった海と山に囲まれた土地にテーマパークが設立されることになる。


そのテーマパーク・・・
「それが、行川アイランドなんだよ!!!」


俺「な、なんだってーーー!!!」



俺は言葉を失った。
自分の生まれ育った土地にそんな逸話があったことに、正直に驚いた。
オヤッサンは、地元の人間だけが知る当時のエピソードを知る人がだんだん減ってゆき、いつか忘れされて
しまうだろうと、付け加えた。寂しげな表情だった。


オヤッサンの話を聞いた俺は、俺が後世に語り継がなければならないと思った。
書籍にもネットにも残らない歴史。放っておけば消滅してしまう歴史。
だからこそ、俺が語り継がなければならないという義務感を感じた。
片田舎の、どうでもいい無価値な歴史。そこに郷土愛というものを感じた。
郷土の歴史について、もっと掘り下げて勉強しなければならないだろう。


因みに、行川アイランドは2001年に閉園している。
現在、その跡地はリゾート地として開拓されている最中だ。
定年リタイヤした団塊世代の中の裕福層をターゲットとしたリゾートアイランドとして。
戦後の悲惨さを語られて育った層が、爆薬の安置施設だった所で過すんて、皮肉な事だなと思った。




車の修理が終わった。
電話を貸してくれたこと、差し入れをくれたこと、重要な話を聞かせてくれたこと・・・
俺は心からオヤッサンに感謝の気持ちを述べ、深くお辞儀をして立ち去った。
動き出した車のバックミラーでオヤッサンを見つめた。
数メートル少し走っただけで、オヤッサンの姿は見えなくなった。
相変わらず激しい濃霧だ。